小学生ママ

「ウソつきな子」とレッテルを貼られている息子、どうしたらいい?

息子は友達から「ウソばかりつく子」だと思われているようです。どう対応したらいいですか?


担任の先生からたびたび電話があります。「今日は××だったので、注意しました」や、「友達とこういうことがあり、ウソをつきました」など、よく注意されています。
また参観時に、息子のクラスメイトから「●君は家でもウソをつくの?」と何人かに質問されたり、「●君はいつも××で、ちゃんとしていない!」など、息子の苦情を受けます。
うちの子はみんなから嫌われているのでしょうか? 「ウソばかりつく子」というレッテルを貼られているようにも感じます。
(ミスチル大好き)
どんな場面で、どんなことを言ったのかを聞いてみましょう


以前からお伝えしている通り、子どもがウソをつく時には、必ず理由があります。「ウソをついて、友だちの気を引きたかった」とか、「話に入りたくて、ついウソをついてしまった」などです。

まずは、どんな場面で、どんなことを言ったのかを、本人に聞いてみることが先決です。

いつの間にか、「子どもは正直であるべきだ!」といった、「べき論」にはまっていないでしょうか。また、建前を重視するあまり、子どもの思いを聞くことをしていないのではないでしょうか。

こうしたことは、親や大人が陥りやすい感覚です。子どもだって、ウソをつくのです。それに処世術として、ウソをつくことだって必要だと思うのです。考えてみて下さい。私たち大人は、子どもの時にウソをついたことがありませんか? 特に親に怒られそうな時には、都合がいいように話を変えたことがあったはずです。

「あんふぁん」の読者で、一番多い悩みが「子どもがウソをつく」ということです。そこで、ちょっと逆転の発想です。子どもを問い詰める前に、「子どもにはウソをつく権利がある!」というぐらいに思ってもいいのではないでしょうか。

「ウソをつく子どもは悪い子ども」という思い込みから、まずは距離をおいてみましょう。そうした姿勢で、親や大人が聞くことで、子どもはやっとホンネで話してくれるようになるものです。

話を聞いてみて、「やむを得ないウソだ」と思った時は、その状況を担任の先生に相談してみましょう。先生自身も「ウソをつく子どもは悪い」と思い込んでいる場合があるからです。

子どもが「ラベリング」されることの辛さ
相談者さんは学校から電話があると、ドキドキしてしまうのではないでしょうか。子どもの悩みは、いろいろありますし、そのたびに悩むのが親という存在です。しかし、こうした状況が続くと、学校から電話があるだけで、気分が悪くなったりもするでしょう。

「この子はこんな子だ!」と決めることや、決められることを、“ラベリング”というのですが、これはプラス方向にも、マイナス方向にも使われます。「あの子は、しっかりした子ね!」というのは、プラス方向のラベリングですが、「あの子は、すぐに問題を起こすね!」というのが、マイナス方向のラベリングです。

子どもにとっては、どちらのラベリングも息苦しいものです。それは、他者のそうした目が、自分を測る価値観になってしまい、自分の中に自分を見る価値観が育っていかないからです。

私が教えている学生で、こうしたラベリングで苦しんでいる学生がいます。近所の子どもと仲よく遊んでいたり、勉強を見たりしているのを、まわりの大人が「あなたは子どもが好きなのね。保育士なんてどう?」とか、「あなたは子どもに教えるのが好きだから、小学校の先生がいいんじゃない?」などと言われる。しかし、実際に大学に入って、さまざまな勉強をしていく中で、「自分は保育士や教師に向いていないのかな?」と思うようになり、進路に悩むという様子が見られるのです。

今の社会は、ラベリング社会です。ラベルを貼ることによって安心する傾向があります。そうした目で子どもを見ると、間違えてしまうことが多いので、大人は注意が必要です。

1年生のウソをつく子どもの例
私の研究会で報告された事例を紹介します。

1年生の夏休みが終わり、クラスの児童がそれぞれ思い出を語ります。特に夏休みということから、海に行った子どもが多かったのですが、A君は「夏休みにジンベイザメを見に行ったんだよ! しかも海にもぐって、目の前で見たんだ!」とか、「土曜日にグリーンランドに行ってきたんだ。でも寒いからすぐ帰ってきちゃった」などと言うのです。

どう考えても現実味がない話です。「ジンベイザメって大きかった?」と担任が聞くと、何のためらいもなく「すごく大きくてね、近くで見ると怖かったよ」と、悪びれる様子もなく話す姿に違和感を覚えたそうです。

また冬が近づき、誰かがスキーに行くと話していると「ぼくは北海道に行くんだよ、同じだね」と話すのです。A君の体験談を聞いているうちに、まわりの児童は、A君の発言がすべてウソなのではないかと思うようになっていったのです。

A君は、うまく現実と想像を区別できないようでした。研究会では「ウソをつく子ども」と見るのではなく、「想像力の豊かな子」と見る必要があることを話し合いました。

そこで、A君の想像力の豊かさをほめながら、クラス全体で想像しながら話を作る活動を提案したのです。クラスでひとつのキャラクターを決め、そのキャラクターがどんな場所にでも冒険しに行くという話です。当時、子どもたちに人気のあった「なめこ」を題材に選び、『アサガオなめこの大冒険』という物語にしました。

ここでA君の想像力と話の面白さをほめて、冒険日記の話をしました。そして、最初の物語をA君に書いてもらいました。すると、休み時間にひとつの話を書き終えたのです。A君の物語を手始めに、ほかの児童が続きの物語を書いていきます。そして話がつかえたら、またA君に書いてもらうのです。

そうして見事な物語ができ、それが1冊の本になりました。その取り組みの中で、児童たちは「A君はウソつき」というとらえ方から、「想像力の豊かな子」という形に変わっていったのです。

想像世界と現実世界との往復旅行がもたらす力
私たちは子どもがウソをつくと、「なんとか直していかなくてはいけない」とか、「このまま虚言癖が続いたらどうしよう?」と考えがちです。確かに、人を傷つけるウソは許してはいけません。しかし、A君の場合は、自分の話に想像性を混ぜて、話を豊かにしている場面を多く見ることができるのです。

幼児期や低学年においては、現実の話に空想を混ぜてしまうことがあります。それを悪いことだと考えず、それをきっかけとして、空想の世界に十分浸らせる。あるいは、空想と現実の世界を何度も往復させていく。そうした経験がなされた時に、現実と空想とをわけて考える力がついていくのです。A君の例は、そのことを教えてくれたような気がします。

ですから、子どものウソには「ダメなウソ」と「発展させる可能性のあるウソ」が混在していることをわかってほしいのです。相手を傷つけるウソではなく、楽しませるウソならいいのではないでしょうか。

大人が見る角度を少し変えてみるだけで、子どもの豊かな成長が促されることもあるのです。もう一度、わが子のウソをとらえ直してほしいと思います。

 
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プロフィール

増田修治先生

増田修治先生 
白梅学園大学子ども学部子ども学科教授。
1980年、埼玉大学教育学部を卒業後、埼玉県の小学校教諭として28年間勤務。
若手の小学校教諭を集めた「教育実践研究会」の実施や、小学校教諭を対象とした研修の講師なども務めている。
「笑う子育て実例集」(カンゼン)、「『ホンネ』が響き合う教室」(ミネルヴァ書房)など、著書多数。

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