あんふぁんメイト

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「がんです。」と言われた日。③入院直前、長男に伝えた夜。

続きです。

 

前回と前々回の記事はこちら↓↓(わかりにくいので最初の記事から番号を振りました)

① 33歳、突然の「がん」告知。術後4か月経った今、思うこと。

https://enfant.living.jp/enfant_mate/mate2_080/mate_other/586032/

② 「がんです。」と言われた日。初めて見る夫の涙。

https://enfant.living.jp/enfant_mate/mate2_080/mate_care/586045/

 

このタイミングで資格試験

 

「がんです。」と告知されてから一夜明け。奇しくもこの日は、ずっと勉強してきた資格試験の日。

前日にがん告知なんかされちゃったら、最後の追い込みどころか、ネットで自分の「がん」を調べまくり。

試験を受けに行こうかどうしようか、それどころじゃないのは重々承知なのだけど、1年に1度の試験。これを逃したら来年。

来年、私は生きているのかな・・?

 

夫は「何も今無理して受けることないのに・・」と言いながらも、試験会場まで送ってくれて、その間会場近くにあった江戸東京博物館で子供たちを遊ばせてくれていました。

 

試験中は、がんのことなんて忘れてとにかく集中。

 

今まで出勤前にカフェで、夜子供たちを寝かしつけてからリビングで、一人黙々と勉強したことを思い出し、やれるだけのことをやって完全燃焼。

 

 

転院先の病院で検査漬けの日々

 

夫と病院を調べ、婦人科系のがんの治療に強い病院を探す。有名な大学病院は初診まで2ヶ月先と聞いた。

 

けれど私のがんは進行している。がんは若ければ若いほど進行が速いので、2ヶ月も待つ時間はない。

(30過ぎた自分は若くないと思っていたけど、がん患者ではまだ若い。入院中とにかくいろんな人に若いからを連呼されたので調子に乗る←乗るとこ間違ってる)

 

夫と意見が一致した病院は症例数が圧倒的に多い、がん専門の病院。

 

偶然にも私の父が薦めた病院も、同じ病院だった。(父は職業柄詳しい)

 

電話をして現状を説明すると、すぐに初診の予約を入れてくれた。近所の総合病院に紹介状を書いてもらい、転院先の病院へ。

 

そこからは怒涛の検査ラッシュ。

内診・MRI・CT・PET-CT・血液検査・足の検査・心電図・肺活量・・などなど(他にもあったけど忘れた←ぇ)

 

毎日のように病院に通った。

 

主治医からは、検査の結果次第で、手術出来るかどうか判断すると。

 

もしがんが手術できないくらいに進行していたら、先に他の治療になりますとのことだった。

 

どうか、手術出来ますように。

 

術前検査の結果

 

怒涛の検査ラッシュが終わり、結果は一週間後。

平日だったので、子供たちは園に預けて、夫と二人で聞きに行った。

 

先生「総合病院での診断通り、【子宮頸部腺がん】です。腫瘍は大きいですが、ぎりぎり手術出来る範囲です。ただし初期では無いですから、早めの手術が必要です。手術内容は、広汎子宮全摘出術。子宮と卵巣、リンパ節の廓清もします。」

 

私「卵巣もですか?片方残すとか出来ますか?(←卵巣がなくなると更年期障害の症状が出ると聞いてびびってる)」

 

先生「腺癌なので、卵巣も全て取りきります。再発したら、アウトですからね。お子さん2人…ですもんね。」

 

再発したら、アウト…。(甲子園の大事な場面で審判の激しいアウトーーー!が脳裏に浮かぶ…)

 

そのあとの手術の説明や抗がん剤の説明から、卵巣片方残すとかそんな悠長なことを言っている状況じゃないと知った。

 

 

腺がんの恐ろしさ

 

元々、家族計画として子どもは2人。3人目は考えていなかったから、子どもが産めなくなるということはすぐに諦めがついた。

 

ただ、「がん」と診断されてから、自分のがんを調べた…というか調べまくって。

がんに関する本もたくさん買って、夜もほとんど眠らず読みまくった。

 

子宮頸がんのうち、8割くらいはがんが腫瘍の表面に出来る、「扁平上皮がん」というもの。

 

でもこの間の総合病院で、私のがんは残り1〜2割の「腺がん」と診断された。(他にも種類はあるけどここでは省きます)

 

【子宮頸がん 腺がん】で検索すると、【予後が悪い】と出てくる。怖っ!!

 

もしもリンパ節に転移していたら五年生存率10〜30%という数字を見て落ち込む。

 

同じ病気の人の闘病ブログを片っ端から読んだ。

 

頑張って闘病してきたけど、最後にはご家族の方から【ありがとうございました。】というタイトルで亡くなったことの報告がされている。

 

読めば読むほど、具合が悪くなるくらい、良いことがかかれていない。

 

(私もこんな風になっちゃうのかな。まだ子どもたち小さいのに…。)

 

そのうち、気付いたら【葬式プロデュース】と検索している自分がいたり(←アホ)遺影の写真を探したり(もっと可愛く写っている写真撮っておけばよかった!)金髪のカツラ探したり(せっかくだしイメチェン大事よね)

 

それでもやっぱり前向きにならなきゃ!と、同じ病気で今も元気に生きている人のブログを探したり、気持ちが明るくなれるようなものを見て、なんとか精神状態を保っていた。

 

 

入院直前、長男に話した夜

 

突然の親バカですが、長男は誰に対してもとても優しい子です。

 

まだ小さい頃から、いじめられているお友達を庇ったり、弟がやんちゃしても笑って許してあげているような、そんな子です。

 

先生やお友達のママからも、優しいよね〜とよく言われます。

 

お友達に戦いごっこしようと言われて、「僕は戦わないよ」とか言っちゃうくせに、通っているサッカーでは負けたら悔し泣きとかしたりして、何事にも一生懸命取り組む頑張り屋さんです。

 

私が病気になってから、仕事も休んで病院通い、いつもと違うという異変にはすぐに気付いていました。

 

毎日、園で絵やお手紙を書いて渡してくれるのですが、そこには私が喜ぶような、そんな言葉を書いたり、私が病気とは知らないけれど、彼なりにいつもと違う私に元気つけようとしてくれていました。

 

いよいよ入院が近付いてきたので、1ヶ月近く離れることをきちんと話さなきゃと思い、寝かしつけの絵本を読みながら次男が先に寝たタイミングで、長男に話しました。

 

私「あのね、ママ、病気になっちゃったの。しばらく病院にいるから、その間仙台のおばあちゃんとシェリー(実家で飼っているパピヨン)が来るからね。」

 

・・・黙って聞いていた長男がシクシク泣き始めた。

長男「ぼく、ママと離れるの嫌だ…」

 

私「そうだよね、ごめんね…。」

 

これ以上、何て声をかけて良いか悩んでいたところ、長男が泣きながら、振り絞って言った言葉。

 

長男「でも、ぼくママがいなくてもがんばるから。ママもがんばって病気なおしてね。」

 

 

まだ6歳。小さいながらも自分より私を気遣う言葉に、涙が出ました。

 

続きます→「がんです。」と言われた日。手術前夜、生きたいという想い。

https://enfant.living.jp/enfant_mate/mate2_080/mate_care/586578/

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プロフィール

早坂英里

早坂英里

東京都

夫・息子7歳(小1)・息子4歳(3歳児クラス)
広尾在住。育児も仕事も自分磨きも常に全力投球!なアクティブBoysママ。食べることが大好き。話題のお店はとりあえず入ります。ホムパ料理やテーブルコーディネート、美容ファッション、子連れお出掛け情報も☆

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